理想の音楽家への道を模索中です


by natsukifg
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<   2007年 05月 ( 14 )   > この月の画像一覧

兄と姉がおりますもので

末っ子と聞いて「あぁ~、それっぽいね~」って妙に納得してもらうパターンと、「見えないね~」って意外に思われるパターンと、何故か多いのが「弟がいそう」と言われるパターン。でも実際は6つ上に兄が、5つ上に姉がいるという典型的な末っ子です。

エルザが6才まで一人っ子として育ってきたのに、最近おとうとが出来て兄弟構成が変ったのと同時に、性格が変ったというより「人間のタイプ」が変ったのがおもしろいなぁと思います。
「一人っ子タイプ」の人間じゃなくて「長女タイプ」の人間の発言、遊び方、反抗の仕方は、確かに兄弟構成が人に与える影響の大きさを感じずにはいられませんね。

家の中に子供と赤ちゃんがいるおかげで、最近、子供時代の自分を振り返ることが多いです。生まれたときには兄弟がすでに結構大きかったので、私自身が一人っ子的で「横の社会」の感覚があんまりない。そして他人の気持ちを想像するっていう作業に疎い。「縦の社会」の方が身近だったのですよ、うん。そういう意味では、独身時代で自分に子供がない時期に子供と暮らすっていうのは、年の近い兄弟のいなかった私に与えられたチャンスですね。子供を産むと子供に対しての感じ方が変わってしまうし、自分に年の近い兄弟がいたら・・・ってやっぱり誰でも考えてしまうものね。

自分の兄弟の置かれていた状況も少しは理解できるんじゃないかと思って、せっかくのチャンスと興味を生かして調べました。同じように興味のある方は是非↓

特徴:


1)一人っ子或いは長男長女

何においても”初めて”という境遇下にある一人っ子や長男長女は、両親を喜ばせたいというプレッシャーをいつも抱えている。それが故に常に目標高く、学校でも真面目に勉強をする。初めて宇宙へと飛び立った宇宙飛行士23人の内、21人の宇宙飛行士が一人っ子或いは長男長女であったという事実がその傾向を物語っている。また、一人っ子は、自己中心的でわがままになりやすい。


2)真ん中の子供

真ん中の子供は両親を占領することはなく、常に年上と競争している。その結果として、どちらがより優れているという視点で、物事を見る傾向にある。一般的に家族に執着するより、友達を多く持ち、友達を大切にし、家族より友達を信頼する傾向がある。また、歳上の兄弟が勉強がよく出来る場合は特にスポーツや課外活動が活発であることが多い。



3)末っ子

末っ子は、一般的に外交的で愛らしく振舞う方法を知っている。得てして、家族や学校の道化師で、舞台に立つことをおおいに楽しんでいる。外交的なこどものほとんどが末っ子である場合が多い。また、末っ子は、常におにいちゃんやおねえちゃんから保護されているため、ぼんやりしている傾向がある。



ネガティブ:


1)一人っ子

わがまま

自分の思い通りにならないと不公平に扱われたように感じる

子供時代は、あまりよい人間関係を築けないが、大人になるとよくなる

自分の道を行くために、時に征服者となる


2)長男長女

親を喜ばすために努力する

常に自分は他の子と比べて優れていなければならないと信じている

正しくしかも管理されているということが大切なことであると信じている

従順あるいは不品行であることによって、両親のアテンションを得たり維持しようとする


3)真ん中の子

最初の、あるいは最後である特権が与えられず、人生は不公平だと感じている

のけものにされてるように感じる。不公平に感じる

しばしば反逆者。つむじまがり


4)末っ子

自分以外の人間が、決定をしたり責任を取ることを期待している

物事を真面目に受け取らない

3人兄弟の末っ子であった場合、長男長女と真ん中との仲介人となる

年上の兄弟に追いつくかなければならないという劣等感を感じ、計画的になる

 

親としてしなければならないこと:




まず、兄弟構成においてのポジションは、決定的なものではなく、また、もっとも子供にとって破壊的なものは、批判的な親であるということであるということを認識する必要がある。


1)長男長女に対する指導

成功するということへのプレッシャーを掛けすぎない

愛していることをなるべく表現してあげ、何ができたかを誉めてあげるのでなく、その子供の存在自体を認めてあげる。

親の犯したミスを子供の前で認めることにより、ミスは誰にでもあり、完璧な人間はいないということを折りあるごとに教える。

子供の成果を批判しない。子供のしたことを決してやり直さない。また、どこが間違っているというより、正しいところを指摘してあげる。

下の兄弟の面倒をどの程度みるか、長男長女自身に決めさせる。

下の子供ができたら、出来るだけ、長男長女と親と2人で過ごす時間を作る。



2)真ん中の子供に対する親の指導

真ん中の子供を尊敬すること。
真ん中の子供から不平不満を聞かないからといって、すべてうまく行っていると思わないこと
責任を与えること
真ん中の子供の意見やどんな風に感じているかをまめに聞くこと
時に、特別な存在であるという風に感じさせてあげること
写真を沢山撮ってあげること



3)末っ子に対する親の指導

一人で何事も出来るように指導する
物事を自分で決定することの手伝いをすることにより、その方法を学ばせる
少しでもなにかを成し遂げたら誉めてあげる
家のなかでなんらかの仕事をさせることによって責任感を育てる
年上の兄弟と絶対に比べない。
 


「末っ子はぼんやりしている傾向にある」
・・・うん、知ってる。
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by natsukifg | 2007-05-31 04:20

解消が大切です

なんでも「ストレス、ストレス」っていうのも確かにどうかと思うけど、それでも現代人の代表的な病として「ストレス」という言葉を与えられてしまった私達がこれを意識しないで生きていくのは難しいものです。

「別にストレスらしいもの感じる生活してないだろう!」って突っ込まれそうなんですけど・・・うん、まぁ、確かにそうなんですけど・・・なかなか当人の抱えてる問題や悩みっていうのは人には伝わらないものなのです。

「目の前のことに厳しく、心には優しく」っていうのは大切だけど、目の前のことに厳しくしてるとだんだん心にも厳しくなってたり、心に優しくしてると目の前のことにも優しくなっちゃってたりするのには、本当に自分に対して客観性をもってなきゃいけなってわけですから大変。

島田紳助が何かのCMで、「芸人生活のなかで不安じゃなかったときなんて一度もない。でもそれは悪いことじゃない、不安がなかったら努力せぇへんからな。」って言っていて、「あぁ、なんていいこと言う人なんやろう」って何度も思い返されるものです。

・・・そうかと言って不安が大きくなりすぎて、こんどは舞台でバシっとキメる「瞬間の勇気」を萎えさせられるのも考え物ですし。

やはり解消の方法を、少なくとも自分に対しての解消法を知ってるのが賢いんでしょうね。

日本で大学に通ってたときは実技試験の数日前になると、不安解消のためにバカみたいに食べてたけれど、最近は食欲が無くなっちゃうからそれも良くないんですねぇ。美味しいお茶を飲んだり、水泳したり、遠足したりは今では自分のなかでもかなり定番だけれど、一般的に思われてるより解消法って多いもの。きっと、1人の人間が自分で認識してるストレスの数より紹介されてる解消法の数って多いんちゃうかなぁ?

healthクリニック(思い当たる方はご覧あれ)

ストレスと上手に付き合ってますか?
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by natsukifg | 2007-05-30 03:21

海原姉妹

京都みたいな「古都」の大学に通っていると、なかなか「有名人に会う」なんていう機会には恵まれないんだけれど、確か京都駅が新しくなったときのイベントかなにかで生で漫才を見たことがあるのは海原姉妹。

梅田で山本太郎も観たけど、別に格好良く撮影してる風景とかどうでもいいしな。

DVDはリードを削るときにとても助けになるグッズなのですが、今日久しぶりに海原姉妹の漫才を見て、どうして「大阪の女の子・東京の女の子」のネタでこんなにながーいこと漫才してるのに笑えるのか不思議でした。

漫才が好きな女の子と付き合った男の子はプレッシャーっていう話で。。。

彼氏がそういう女の子に面白くない話をしてしまうと、表面上は「へぇ~、そうなんや~」って話を聞いてても、心の中では「うわ、フリ長ッ、ボケ弱ッ・・・オチないんかいっ!」って思って聞いてるっていうネタ。

典型的な大阪の漫才はやっぱり好きやなぁ・・・って思ってたら、次に出てきた陣内がフリが長くてボケの弱いコントをしていたのがとても印象に残りました。私が陣内のコント嫌いなだけやろか。
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by natsukifg | 2007-05-28 01:10

1人で食べること

もともとがそんなに「人付き合いが大の得意」っていうタイプじゃ全然ないので、「キッチンが共同」の生活が特に気にならずにやっていける時期もあれば、それが億劫でなんとなく食が遠のく時期もあります。

自分が見えないところで人との関わりを怖がっているような時期を、自分の食のリズムから感じられるのも「キッチン共同」の良さといいますか、なんといいますか。私の場合、とても集中したいことがあるときに特に孤立したがる傾向にあって、本当はそういうときこそ周りのみんなに助けられていて、勇気をもって人の輪に入ったほうが結果的にはいいんですけどね。

今となっては「お料理」自体はそんなに嫌いじゃないし、プロジェクトなんかで長い間家を空けてると「あぁ、なつきちゃんの手料理が食べたいな」って自分で思うくらいのオメデタイ人間なので、なにも恥じることもないんだけれど、なんとなくみんなが行きかう場所での食事っていうのは、それなりに形になってるものを食べてなきゃいけないような気持ち・・・わかってもらえます?面倒くさい時期は本当に面倒くさい。

それでふと気がつくと一日一回しか食事をしていない自分に気がついて反省します。
膀胱炎になったときに空腹と傷みが明らかに一緒にやってきていたことからも、アレが栄養失調も原因のひとつになっていたのは明らかだというのに、懲りてませんねぇ。。。

それでいて、集中して練習していると食欲が湧かないから困ったものです。
気がついたら夜になっていて、夏時間のドイツは外が明るいから余計に気付きにくいし。

同じ悩みを抱える人っていうのは結構多いんじゃないかと思います。
調べた結果、食欲不振の解決法は「なるべく人とたのしく食事をする機会を増やすこと」だそうです。

でも、どこの誰が「○時って言ってたけど、やっぱりもう少しこの曲練習するから後にする・・・と思ったけど集中力が切れたからやっぱり今にする」みたいな自分勝手な予定に合わせて一緒に食事できましょうかねぇ。「一緒に食事ロボット」が欲しいなんていうのは、やっぱり現代人の荒んだ発想でしょうか?

「人が居れば独りになりたがり、独りで居れば人恋しくなる」・・・ワガママではなく人間の当たり前のこの感情は食生活にも反映されているようでした。
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by natsukifg | 2007-05-27 04:29

ガイタへ

初めてこの家を見に来た日も今日のようにとても暑い日で、マリアンと話している途中で「あっ、猫!」って言った私の興味なんてまるで無視で、何食わぬ顔をして部屋を横切っていったのがとても印象的でした。

猫は人なつっこくないって思ってたけど、触りたいときに「おいで」っていうと必ず寄ってきてくれるし、イスに座ると膝によじ登ってきてノミを移されたこともありました。妙によくしゃべるのも面白くて好きです。ただ部屋に入るだけでも、なぜか「ニャー」って声が出るし、ごはんが食べたいときは「ニャーニャー」言いすぎて大家さんによく怒られてた。そのくせに、黙って机によじ登って勝手にシーチキンマヨネーズを食べられてたこともありました。

大家さん達には内緒でから揚げの端っこをあげたのに、あんまり喜んでもらえなかったなぁ。

自分に自信がもてなくなったり落ち込んだりしていても、顔をみれば自然に笑顔がこぼれてしまうような存在でした。昨日、「少しは私も頑張っていていいのかな」とやっと思えるようになった次の日に逝ってしまうなんて、やっぱりガイタは私のことを見守っててくれたんだね。

安らかに眠ってください。
ガイタ、ありがとう!
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by natsukifg | 2007-05-26 03:31

躾けてますか?

大家さん一家と住み始めて一年近くたとうとしています。エルザを見ていて、「他人の子供でこんなに可愛いんだから、自分の子供だったらどんなに可愛いんだろう」と心の底から思い続けてきたもの。

・・・甘いね、甘い、甘い!
幼稚園児っていうのは一番可愛い時期だったのですよ。

小学校に上がってクソ生意気な言葉ばっかり覚えてきて、悪知恵ばっかり働くし、行儀も悪くて言うこときかない時期がやってくると、「他人の子供でこんなに鬱陶しいんだから、自分の子供でずーっと面倒みなきゃいけなかったらどれだけ鬱陶しいんやろう」と思うときも少なくない。他人の子供だから面倒くさい日は、「今、忙しいから後にしようね♪」とかなんとか適当にニコニコしといて、後はさりげなく消えればいいけど、自分の子供だったら体調が悪くても忙しくても消えるわけにもいかないんでしょうから。しかも子供ってしつこいし。空気読まへんし。

そして、かく言う私も内弁慶の家に篭もりがちな子供だったので、きっと空気も読まずに鬱陶しいくらい両親にまとわりついていたに違いないのだけれど。。。

ところで先日面白いことがありました。
エルザと彼女の親友ベッカーが、食べてたおやつを床にこぼしたまま遊びを続行していて、お母さんのマリアンが怒ってエルザに言いました。

ママ「床にこぼしたらちゃんと片付けなさい」

エルザ「でもベッカーの方がたくさん食べてた」

ママ「でもちゃんと片付けないと、ママは風邪をひいてるからこんなことしたくないの、分かる?」

エルザ「でもベッカーの方がたくさん食べた」

・・・あとはこの繰り返し。
内心、こんなん許していいの?じゃぁ、ベッカーのせいで私は悪くないってことで終了なん?!ってビックリしたけど、まぁ、家庭には色んな躾やルールがあるし、マリアン自身がこの上なく「いいひと」に分類されるタイプの人だから、彼女がここは放っておけるっていうんだからいいのかなぁ?って思っていたら・・・・

ベッカーがお母さんとの電話の切り際の態度が冷たかったとかで、「ベッカー、いつもそんな風に話してるの?もっとフレンドリーに話さなきゃダメ。あなたのお母さんなのよ」と、そこは結構しつこく躾けてた。

・・・価値観って色々です。

リリー・フランキーのお母さんは、自分が恥をかくことは別に構わない(例えばお箸の持ち方とか)けど、他人に恥をかかせるような行儀(食事に呼ばれたときのマナーとか)は厳しかったらしい。それも理屈だと思う。

・・・価値観って本当に色々です。

でも、何が正しいとか、何が間違ってるとか、こだわる観点だって十人十色だと思うと、躾って内容なんてどうでもいいのかな?と思えてきます。演奏と一緒で、自分が信じるものを信じるしかないようなものにも思えますね。何が正解なんてないし、良かれと思ってしていてもそれが本当に良いかなんて躾けてる本人にだって誰にだって分からないし。

マリアンを見てると、お母さんが底抜けにやさしくていい人だからこそ、子供が我侭ってこともあるんだろうかと思います。そう考えると、結局のところ、厳しく接したかやさしく接したかというよりも、どういう自分の生き様を見せるのかっていうのが躾の内容になってくるのかなぁ?とも思えてきたり・・・そういえば子供の立場としての自分を振り返ってみても、言われてきた躾の内容そのもよりも、両親の背中から学んだことの方が基盤になっているような気がするなぁなんていう風にも思えてきたり・・・

それでも家の隣が幼稚園なので、ついつい庭で遊ぶ子供達の声がすると窓を開けてかまってしまうもの・・・やっぱり子供は可愛いのだ。
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by natsukifg | 2007-05-23 03:09

トム・クルーズの紙と髪

筋肉質なタイプの男性を「脳みそも筋肉だ」などという、「金髪美人はバカ」と同じような冗談があるせいなのかどうか・・・・筋肉質であること自体をカッコイイとは別に思わないんだけれど、「マイノリティー・リポート」のトム・クルーズはとてもカッコ良かった。別に私も本気で彼がビルから飛び降りたり、車から車に飛び移ってるなんて思ってるわけじゃないけどね。

ハリウッドスターはもちろん、日本人ならキムタクも私にとってそうなんだけれど、「顔が2枚目で頭も良くて、料理も出来て歌もうまい、そのうえ運動神経までよくて人柄も良くて面白い」なんてもうほとんど人間じゃないし、テレビに映ってるとき意外の格好悪いときの方が生きてれば絶対多いハズなのに、どこかしら「でもこの人はもしかして人間離れした、格好悪いときが全くないように生まれてきてしまた奇跡の人なのではないか?」と一瞬思わせてしまう、その説得力はやっぱりプロフェッショナルだなぁと感心してしまう。いい仕事してまんなぁ。

1人暮らしは独り言を増やします。
特に映画とかテレビを観て思わずしゃべるなんて実家に居るときは絶対なかったのに、1人でマイノリティーリポートを観ていたら「さすが未来やわぁ、すごいなぁ、こんなこと出来んの?!・・・っていうか、だってコレ映画やしな。」って大きい声で言ってて、自分の声の大きさに自分でビックリしました。ちょっとしゃべりすぎやし。

ところで21世紀も半ばの舞台では、とてもハイテクノロジーに犯罪が予防されていて、パソコンの画面なんて透明ガラス一枚だし、瞬間移動みたいなのもできるし、目玉で感知してセキュリティーも完璧。IDもすでにカードではなくて目玉ですよ。

にも関わらず、犯罪防止局の視察に来た男が視察の許可証を見せるシーンで、「許可書はここにある」って出してきたのが2ツ折の紙切れだったのが個人的にヒットして、そのあとの深刻なシーンもちょっと薄ら笑いで見てしまったのが残念です。

「あ、ハイテクやのにそこはタイプライターが生きてるんやぁ」・・・・ってね。

ちなみにトム・クルーズはボウズが似合わない男だと思って、うん、誰にでも格好悪いところはあるんだなと思って安心しました。
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by natsukifg | 2007-05-21 03:27

膀胱日誌

どうしても日記に記しておきたい一日もあれば、特に後で読み返してもどうってことないだろうという日もあり、思い出したくもないから書いてもいないのに勝手に脳裏に甦ってくるような困った日もあるもので・・・・

女性の大敵「膀胱炎」に苦しんだ一日。そういう意味で、それは別に「後で是非思い返したいから日記に書きたくてたまらない!」というようなことでもないんだけれど、いつにない精神状態の自分が興味深いから書いておこうっと。

初めて膀胱炎になったのは2000年の春で大学1回生のとき。次は2年後の冬でこのときは薬も飲まずに耐えしのいだので思い出深い。その次は2004年の12月にミュンヘンにて。そして今回の2007年5月。こうしてみると、その都度の経験が思い出と共に時期まで思い返されることからも、この病気(?)がいかに激痛と不快感を伴うのかは想像にかたくない・・・・なぁ~んてね。

痛み、不快感、血尿あたりは過ぎてしまえば別にどうということもないし、格別に「膀胱」という、地味ながらもこんな折には「ありがたみ」を通り越して、むしろ平素はその存在を意識もしないで生きていた自分を省みたくなる、いやいや、もっと言うならばそれは「畏敬」というのに近い感情をもちたくなるような(・・・もちろん冗談ですけどね)器官について書きたいわけではなくて、この症状が出たときの、自分の精神状態の不安定でコントロールの効かないのには、困るというより先に書いたように興味深くすらあります。

だいたいが、例えば彼氏みたいな立場の人と喧嘩みたいなことになっても、「私はカクカクシカジカでこう思ってこうしたんだけれど、それがもしコレコレこういうことになったのであればごめんなさい。それでアナタの意見は?」というような可愛げのカケラすら全く感じられない喧嘩(?)になってしまって、昔の彼氏に一度なんかは「裁判か!」ってツッコまれたことすらある私で。これはあまりにも例えが巧すぎるので喧嘩という緊迫した空気の中にも、思わず「えぇツッコミしてはりまんなぁ」などと感心したしたくなったものです。

だから、イタズラにぶちギレルとか、思わず言い過ぎてしまうっていうことはあんまりなくて、もちろんそれが私の長所でもあり短所でもあるわけです。

それに引き換え、膀胱炎に煩わされてるときの私ときたら感情の波に怒涛のごとく流されて、ネガティブシンキングは徹底され、わけも無く絶望したり、なんでもないことで突然激しく泣き出す始末。もちろん、人間ですからネガティブな気持ちに支配されることは日常でもあるけれど、自分の中の大阪のオバちゃんみたいなキャラの部分が心のどこかで「ハイハイ、いまネガティブ中ですから気をつけてくださいね~、あぁ、あと考え事は禁止ね~、ハイ、気ィ済んだらちゃっちゃと元に戻るように~」って言っているのも聞こえつつ・・・なのですが、これが膀胱炎となると全然ダメ。普段はなんなくやり過ごしてる様なことでもまるで打ち勝てなくて、まぁ、言ってみればむしろ心の処方箋に抗生物質が欲しい・・・・な~んて膀胱炎だけにウマイこと言ってみたりしてね。

ところで2004年にミュンヘンで診てもらったときに、膀胱炎は疲れから出やすくて血尿はストレスが主な原因と言われたことから考えても、もともとこういう症状が出るっていうこと自体、精神的にもストレスがあったわけで、それにくわえて具体的な症状が伴うわけだからもちろん極度のネガティブに成りやすいのも頷けるというものです。

しかしながらこうしてみると、普段から人はいかに精神的なバランスをとって生きているのかがよく分かります。感情の波に任せて生きていたら、一日に何度絶望しなければいけないんでしょうか?自分自身すら気付いていないところで、「大丈夫、アナタは頑張れる!」と指令する機能が一日中働いてくれているのでしょうね。

そこで膀胱炎患者からのお願いです。
皆さん、そんな頑張る自分自身に拍手してあげてください。人は健康体のときに自分の健康に感謝することをとかく忘れがちですから・・・
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by natsukifg | 2007-05-20 02:56
5月12日(土) 22:00~

Nordic Skywalker Presents
Nordic Nights

場所 Schnuershuh Theater
Buntentorsteinweg 145

バックコーラスとちょこっとファンクにファゴット吹いてます。
ブレーメンの皆様、ちょっと浮きまくってファンクをしている私を観に来てくださいね!
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by natsukifg | 2007-05-11 23:00

楽屋考

数年前に母とヨーロッパを旅したときに、ザルツブルクで疲れたからサウナに入ろう!ということになりました。準備万端で「さぁ!入るぞ!」っていう段になってから、「・・・あれ?ところで男性と女性分かれてたっけ??」ってことに気がついて、当時、混浴なんて有り得ないと思っていた私たち母娘にとっては謎の残る事件となったのでありました。

「恥じらいの国」ジパングからやってきた私としては、本番前の楽屋は女性楽屋と男性楽屋に分かれてるのが当たり前。そう、それが恥じらいの国の常識なのです。ドイツ人が男女の楽屋一緒でもそういうことあんまり気にしないのは、別に人のことだからいいんだけれど、先日グランパルティータをしにいったときにどうしてもジーパンから本番用の黒パンツにはき替えたくて、ドイツ人の女の子がみんな堂々とパンツ一枚でパンストをはいているのを見ていると、3年間ドイツにいて初めて「みんな気にしないんだから私もいっか・・・」という悪魔のささやきが。。。。

な~んにも気にしないでスコーンっと脱いじゃえば、その場にいる男の子も全く気にしないで雑談とか音だしとかするんだけど、「どうしよう・・うーん、いいやんな、うん?いいんか?それでいいのか?私!?でもトイレまで遠いしいいやんな・・・あ、でもやっぱり~」とかやってると、だんだん周りが気を遣って「あ、向こうむいてるから着替えていいよ」という空気になってくる。

「まぁ、別に見えたからってどうっていうこともないモンですさかいに・・・」とは思ったけど「・・・ありがとう、でもやっぱりトイレまで行ってくるわ」と挫折。まだまだドイツ生活が板についたとはいかないらしい。

それにしても、パンツ一枚でパンストは無いよなぁ。。。

あとで、「みんなやってるけど、日本は楽屋が絶対分かれてるから私には無理やったわ~」って言ったら「うん、僕達も全然見てないってわけでもないからね」だそうです。。。変な文化。

それでも後になって考えてみて、「うん、あんなところでパンツ一枚になれたらアカンよな、やっぱり」というジパング魂が甦ってきて、ドイツ生活何十年とかいう人によくみられる、妙に強い日本語の言葉のいいまわしとか、お化粧の感じとかに、私はならないぞ!という意志を持ち続けるべく、悪魔のささやきには気をつけなければならないと改めて感じた一日なのでした。
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by natsukifg | 2007-05-10 22:47